手元に古ぼけた新書がある。「原子力発電」(武谷三男編、岩波新書)である。

 2011年3月11日の東日本大震災によって福島第1原発から大量の放射性物質が漏出したとき、真っ先に読み返した。1976年に第1刷が発行されている。

 驚いたことに、原発事故はほぼそこに書いてある通りに推移した。

 「炉心をおさめる頑丈な圧力容器が割れれば、もちろん手のつけられない空焚き事故となる。(中略)空焚き事故の発生を防ごうとして取りつけてあるのが緊急炉心冷却装置(ECCS)である。ところが緊急炉心冷却装置の効果には実証がなく、多くの疑問がなげかけられているのだ。もっとも怖れられている空焚き事故がおこると、燃料棒のさやの破壊、棒自身の溶融、つづいて格納容器の破壊がおこる」

 良心的な科学者たちは早くから原子力発電がはらむ危険性を予見し、警鐘を鳴らしていた。だが政府はこうした声を無視し、原発推進の国策に沿った意見しか言わない「御用学者」を後ろ盾にして、「日本の原発は絶対安全」と言い続けた。

 政府がそこまで言い切るなら大丈夫だろうと、原発の立地を容認した結果がどうなったかは、今更言及するまでもない。

 原発が安全だと強弁してきた経済産業省資源エネルギー庁などの政府機関、電力会社、政治家、御用学者は「国策詐欺」の共犯者だと言っても過言ではあるまい。彼らを後押ししたマスコミの責任も看過できない。

 野田政権は2030年代に原発ゼロを目指す方針を掲げている。残念ながら掛け声だけで現実味がない。国のエネルギー政策の要である「エネルギー基本計画」に「原発ゼロ」が盛り込まれる可能性は極めて低いからだ。

 エネルギー政策基本法は、国の「エネルギー基本計画」策定に当たって「総合資源エネルギー調査会」の意見を聞くことを義務付けた。経済産業省設置法は「資源エネルギー庁に、総合資源エネルギー調査会を置く」と規定している。すなわち、総合資源エネルギー調査会の意向が国のエネルギー政策を大きく左右するということだ。調査会の委員は政府が選ぶ。

 「2010年に作られた現行のエネルギー基本計画は、原子力を『供給安定性・環境適合性・経済効率性を同時に満たす基幹エネルギー』と位置付けている。福島第1原発事故が示した現実は、供給安定性、環境適合性、経済効率性の全てを否定した。見当外れの認識を是とした調査会の委員は全員退いてもらうしかない」

 琉球新報は2011年7月12日付の社説でこう主張した。

 現実はどうか。原発事故後、脱原発を主張する人物を委員に加えたが、大勢は依然として推進派が占めている。

 藤村修官房長官は、原発ゼロ目標をエネルギー基本計画に盛り込むかどうかについて「総合資源エネルギー調査会が決める」と9月19日の記者会見で述べた。当事者としての責任を回避する姿勢が鮮明だ。

 政府が本気で脱原発路線に舵を切るつもりなら、まず総合資源エネルギー調査会の委員の大多数を脱原発派に入れ替えることが不可欠だ。原子力村の官僚に追随する委員が多数を占めていたのでは、エネルギー基本計画が抜本的に見直されることなどあり得ない。

 報道によると、安倍晋三自民党総裁が米倉弘昌経団連会長らと懇談、2030年代に原発ゼロを目指す野田政権の方針は「無責任」との認識で一致したという。


 目先の利益にとらわれ、現代の科学技術で制御不能な原子力に依存することこそ「無責任」の極みではないのか。福島第1原発事故から何も学んでいない。

 「原発は安全」と大うそをついた歴代自民党政権、無批判にその方針を引き継いだ民主党政権の責任は重大だ。

 原発の運転に伴い生成されるプルトニウム239は、放射能が半分になる半減期が約2万4千年だ。猛毒のプルトニウムは「地獄の王の元素」といわれている。

 放射性物質を含んだ「死の灰」を完全に無害化する見通しもない中で、原子力発電を推進することは、われわれの子や孫に災いをもたらす。

 これ以上、過ちを繰り返してはならない。

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